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三番街シネマ1





実は私が一番大切にしていた映画館を撮影した写真のアルバム、春に模様替えしたときに大事にしまいすぎて行方が分からなくなった(大汗)・・・。
探しているうちに、このブログでまだ紹介していない昭和の映画館がある事に気づきました。
アルバムが見つからないので、画像はみんな借り物になりますが(汗)・・・。







三番街シネマ1
大阪・梅田の阪急百貨店前から、今のロフトや梅田芸術劇場に行く途中にあった「百又ビル」
ボウリング場や囲碁会館と並んでビルに入っていたのが三番街シネマの3館でした。
先日、私が記事で触れたミナミの千日前スバル座のリニューアルオープンと同時に、1975年(昭和50年)頃に開場したようです。
洋画封切館のシネマ1はキャパ700人ほどの、2階席を擁する大劇場でした。
(同時にオープンしたシネマ2、当初は2本立ての名画座やったようです)

私が初めて三番街シネマ1で映画を見たの、1978年8月の市川崑監督作品『火の鳥』でした。
実は、梅田東宝会館(現TOHOシネマズ梅田・ナビオ)が1978年のお正月映画公開後、建て替え工事に入った為に、東宝邦画専門の梅田劇場が一時閉館。
私が友人たちと初めて梅田で洋画(ブルース・リー死亡遊戯)を観に行ったとき、現ナビオは周りを囲われて工事中やった。それが1978年の春です。
1980年の秋にナビオ阪急がオープンするまでの間、東宝の邦画専門館の役割を果たしていたのが三番街シネマ1やったんです。

でもね、面白い例外もありましたよ。
1979年の春に、東宝邦画系で『ベルサイユのばら』が公開されたとき、『ベルサイユのばら』はお菓子で出来た巨大なベルサイユ宮殿の展示と共に、お隣の阪急プラザ劇場で公開されたんですよ。
その間、三番街シネマ1で珍しく公開された洋画が、あの『ゾンビ』だった。
グロシーンになるとストップモーションのモノクロになり、エンドロールのなかったヴァージョンの『ゾンビ』を、私は雨の日に朝から三番街シネマ1で鑑賞しました。
ケン・フォーリーが学校のいじめっ子そっくりなのも含めて忘れられんわ(笑)・・・。







1980年秋から再び洋画ロードショー館になったシネマ1、1990年代にスクリーンを70mm仕様に張り替えた。
記念すべき初の70mm公開作はロバート・レッドフォード主演の『ハバナ』でした。
この劇場が壊れるのではないか?という大ヒットを記録したのは『もののけ姫』でしたね。



私が三番街シネマ1で鑑賞した作品を並べて見ます。

『火の鳥』 『ゾンビ』 『夜霧のマンハッタン』 『プロジェクトA2』 『サンタリア』 『危険な情事』 『サイクロンZ』
『告発の行方』 『ホームボーイ』 『ワーキング・ガール』 『アパッチ』 『プロジェクト・イーグル』
『ハバナ』 『ハードウェイ』 『硝子の塔』 『ウルフ』 『ジャッジ・ドレッド』 『レリック』
『トリプルX』 『日本沈没』 『犬神家の一族』



個人的に三番街シネマ1は後のニューОSと共にジャッキー・チェンの映画のイメージが強い。

嫁さんがデートに遅刻した影響でむっちゃ前でスクリーンを見上げた『硝子の塔』

結婚式の翌日に見て疲れから爆睡してしまい、帰りにフラフラになって三番街シネマの階段から落ちて、通行人と嫁さんに助けられた『ウルフ』(汗)・・・。

本当は買った前売りで千日前セントラルの最後の姿を見るはずやったのに、劇場前で「その前売りウチでは使えまへん」言うて門前払いされたので(爆)、しかたなく三番街シネマ1で観た『日本沈没』

その『日本沈没』を家族で観た帰り、阪急ビル前のスペースでオッサンが女ホームレスにフェラさせていてね、嫁さんが幼い息子に見せんように立ちふさがり、「こいつら何してんの、気持ち悪る!」と叫んだ夜(超爆)・・・。

こうして見ると、洋画のロードショー劇場やったんですが、私の鑑賞歴は市川崑さんの作品で始まり、市川崑監督の作品で終わっているんですよね。
意外に鑑賞作品が少ないのは、この劇場は綺麗で設備も良いので女性に人気があり、いつも混んでいるイメージが強かったからです。




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